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おすすめ観光ガイド

北欧の建築 スウェーデン

※始めに※

経験と能力に限界があるため、たくさんある建築のほんの一部しかご紹介できません。また、筆者が建築家ではないので、誤りの記述があるかもしれませんし、逆に素直な感性が光るところもある(?)かもしれません。いずれにせよ、完璧なご案内ではないことを明記しておきますが、少しでもご旅行の参考にお役に立てれば幸いです。

ストックホルム

歴史的建造物から新しい団地まで、この町の周囲には気になる建築がたくさんあります。しかし、ほとんどの人が数日しか滞在しないので、その範囲で見られるものに絞ってご紹介いたします。

☆ストックホルム市立図書館 [Stockholm Stadbibliotek]

スウェーデンのみならず北欧が誇る近代建築の父的存在であるエーリック・グンナール・アスプルンド(1885-1940)の代表的な建築の一つ。というよりも、建物を見て、そこに入って、これはすごいという感動を受ける、というのが何よりの評価だと思います。筆者は感動し、この図書館に高い評価を与えました。みんなに見ていただき、建築とはどういうものか考えていただきたいと願っています。

アスプルンドは1918年から設計に取り掛かり、若手のスタッフたちとアメリカの建築を視察し、1924年から建設を開始し、1928年に完成しました。スウェーデンで最初の開棚式の図書館で、この方式はアメリカ視察からのヒントです。しかし、この美しさは円筒形の棚と本が作り出しているので、それを引き出すアイディアがすごいと思わせます。まさにカタルシスがある建築です。

スウェーデンでは図書館は市民にとって重要な建物です。北欧では本を自分で買う習慣はありません。家の中に蔵書がぎっしりなんて人はいません。あっても雑誌が数冊程度です。本は1回読めば、たいていは役割が終わりで、そのあとは家を狭くするだけです。個人で買わずに、図書館で借りれば、1人が読み終わっても、別の人に読まれて、次々と役割を果たしていきます。図書館の本類の貸し出しは無料ですから、貧しい人でも平等に読む機会が得られます。貧富の差がなく学ぶ機会が得られます。図書館にはいつも人がおり、その場で読んだり、借りる本を選んだりしています。

北欧の本の値段はとても高くなっています。スウェーデンの人口は900万ですので、1億人を対象とする日本語の本よりはずっと高い値段になるのは仕方ありません。出版社も個人を対象にして印刷するよりも、公共図書館と学校図書室を対象にして印刷すれば、安定した部数から適正な利益を確保できます。

たとえばこの図書館には200万冊の図書、240万の音響CDなどがあります。その他に17000冊のペルシャ語図書、15800冊のアラビア語図書など、100の言語の図書があり、祖国を離れた移民たちには手に入りにくいものがここにはあります。筆者の子どもたちは、よくこの図書館に連れてこられ、「3時までに戻ってくるから、絵本を読んでいて」と放置されました。子どもたちにとっても楽しみになっていたのです。

ストックホルム市立図書館は、ここだけの活動ではありません。市内にある40の図書館の基幹図書館であり、地域図書館にない本はここから配達されます。さらに地方の図書館にない本であれば、ここから貸出すこともできます。全国民に平等に読む機会、学ぶ機会が与えられます。

というわけで北欧の図書館の建築はいいものばかりです。それは建築家の名前という意味ではありません。中に入って、居心地がよく、光の採り方や椅子の配置、インテリアの質がいいという意味です。建築家にとって全力を尽くして勝負するに値する場なのです。最近の建築では、コペンハーゲンの王立図書館のシュミット、ハマー&ラーセン設計のインテリアがとてもきれいにできています。スウェーデンのマルメのヘニング・ラーセン設計の市立図書館のインテリアの採光と椅子の配置も見事です。09年にはオスロの市立図書館の招待コンペがあり、ノルウェーの設計事務所が1位になりましたので、どんな建築になるか楽しみです。ちなみに上記のシュミット、ハマー&ラーセン事務所は2位でした。

また、ストックホルム市立図書館は西側に別館が建てられることになり、07年の公開コンペでドイツの無名の建築家が1位になりました。費用がかかりすぎるとのことで着工が危ぶまれ、さらに08年後半からの経済危機があり、工事は始まっていません。

☆国立オペラン劇場 [Operan]

スウェーデンの最初の王立オペラ劇場はグスタフ3世によって1773年に開場しました。グスタフ3世は1792年に、この劇場で開催された仮面舞踏会の最中に、不満貴族によってピストルで暗殺されました。この事件は、ヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」として世界に広められ、さらに近年はフィギア・スケート日本人選手の作品としてオペラを知らない人たちにも楽しまれました。

現在の建物は、アクセル・アンデルベリイ(1860-1937)によるネオ・クラシックの設計で1887-98年にかけて建造されました。概観は、付近の建物に調和するような設計で、特にテッシン設計の王宮に似ています。内部は、3段の観客席に1200人の観客と100人前後が入るオーケストラピットがあります。最上階まで続く大理石の階段の登りはきつく、天井桟敷からの眺めは高所恐怖症にとっては相当な苦痛です。エレベーターもついています。休憩時間に人々が集まる2階のフォイヤーの天井は、国王の威信を示すべく黄金が貼られています。バルコニーからは王宮や議事堂が見えます。

後年になり、建物の後ろにレストラン「オペラ・シェラーレン」などが増築されています。
アンデルベリイは、他に王立図書館、オスカー劇場、南劇場、自然史博物館などを設計しています。
シーズンは9月から5月で、オペラ、オペレッタ、バレエが上演されています。

☆王立演劇劇場 [Kungliga Dramatiska Teatern] 通称ドラマーテン [Dramaten]

1908年完成の王立の演劇劇場。当時流行のアール・ヌーヴォーの建物はフレデリック・リーリクヴィスト(1863-1932年)の設計です。装飾にはスウェーデンが誇る芸術家たち、彫刻家のカール・ミレス、画家のカール・ラーション、貴族のプリンス・ユーゲンの作品が使われています。720席。この劇場は、かつてはグレタ・ガルボ(戦前のハリウッド・スター。森の教会墓地の森の礼拝堂の横に墓があります)、マックス・ファン・スイドウ、イングリッド・バーグマンなどの大スターがその舞台を踏み、「沈黙」「野いちご」などのスウェーデン映画の巨匠として知られたイングマール・ベルイマン監督もここの演出家でした。

☆エステルマルムの市営市場 [Ostermalms Saluhall]

スウェーデンやフィンランド各都市にある市営市場の魁になったと思われる食品市場です。1888年に銀行家たちが資金を出して食品市場の建設に着手し、I.G.クラソン(1856-1930年、北方民族博物館など多数)が設計し、K.サーリンが構造設計を担当しました。設計案は公開コンペでしたが、当選作がなく、彼らに依頼がきました。彼らはその前に数年かけてドイツ、イタリア、フランスの建築を見て廻り、当時最先端だったレンガと鉄骨を使った建物に感銘を受けていました。

平日の9時半から18時、土曜9時半から16時まで開いています。

☆クングスガータンの塔 [Kungstornen]

あまり注目されていないかもしれませんが、クングスガータン通りを通るたびに気になる建築です。なんでここに塔があるのだろうと度々考えました。

しかし、その理由はよくわかりません。おそらく建設当時には意味があったのでしょう。1905年にストックホルム市は、新市街の東側のエステルマルムと北側のノールマルムを結ぶ通りの建設を計画し、設計を募集しました。そのときに市はすでに塔を建てようと考えていたといいます。

1915年にこの地域の委員会にスヴェン・ワーランデル(1890-1968年、集合住宅などを数多く設計)がクングスガータン通りと2本の塔のデザインを提出し、委員たちを説得しました。「この地にヨーロッパで最初の摩天楼を造る」

1924年に北側の塔が、続いて翌年南側の塔が完成し、摩天楼ができました。北塔の高さは60m超、16階建て、基礎部分には7階建ての事務所棟があります。南塔はイワン・カルマンダーの設計で高さは60m超、17階建て、事務所棟は9階建て。塔の隣りに橋がある構成も何やら楽しいのです。まだ周囲に高い建物がない時代でした。完成してしばらくは最上階にレストラン「青い天国」があり、ストックホルムのシンボルとしてイルミネーションで飾られ、デイトスポットにもなりました。いまでも、このあたりは新市街の中心地になっています。

☆コンサートホール [Konserthuset]

王立ストックホルム交響楽団の本拠地であり、ノーベル賞の授賞会場としても利用されています。ストックホルム・コンサート協会は1902年に設立され、1914年に固定的な楽団になりましたが、演奏会場を持っていませんでした。募金活動とクジで資金を調達し、コンサートホールの設計コンペを開催し、イワン・テングボム(1878-1968年、事務所棟や豪邸などを数多く設計。子息も建築家で1973年の改修を担当)のデザインを1位に選びました。工事は1923年に開始され、26年に完成しました。コンセプトは古代ギリシャ時代の音楽の神にささげる寺院。目の前にあるヒュートーイェト広場に並ぶ食品を売る屋台とあいまって、市民生活のシンボルとしての音楽堂という位置づけのようです。高い石柱、カール・ミレスの彫刻「オルフェウス」などの作品群、エイナール・フォルセットのフォイヤーの床と天井のモザイクなど、ギリシャを感じさせようとする試みが随所に見られます。ホールの天井は、73年の改修の際に子息のアンデロスが音響効果を高めるためにデザインしたものです。

☆南駅再開発地区 [Sodra stationsomradet]

1993年にできた南駅再開発地区。ガムラスタンの南隣にある島セーデルマルムの中心地、地下鉄のメッドボリガープラッセンMedborgarplasen駅から西へ伸びる帯状の地域に2600戸の住宅と事務所棟が続いています。地下鉄駅の西側のメッドボリガープラッセン広場は体育館と図書館(1939年)、市営市場、レストランなどに囲まれています。この西端に建つ22階建ての集合住宅セーデル・トーンは1997年の建造でヘニング・ラーセンの設計です。セーデル・トーンは建物単独で見るといいかもしれませんが、スカンセンから南への眺望の際には邪魔な建物の一つになっています。18世紀から19世紀にかけての建物群が作る地平線を壊しています。

そこから階段かエレベーターで下へ下りると、半月形の事務所棟(リカルド・ボフィーリ、1992年)があり、その前がファトブルスパーケンFatbursparkenという公園になっています。夏の午後、この公園では多くの人が日光浴をしたり、読書をしたりと、憩っています。日光を遮るイタリアの回廊のように、木の緑がつくりだす回廊が半円形に回り、とてもいい感じに仕上がっています。スウェーデン人は半円形の建物が好きだ、という意見がありますが、確かに日本よりは円形、半円形建築が多いとは思います。

ここから西へ、さまざまなデザインの集合住宅が並んでいます。都心から数キロしか離れていないのに、緑がたっぷりあるいい住宅地です。

☆ハンマルビィショースタッド [Hammarbysjostad] の住宅街

セーデルマルム島南部と、南隣りのハンマルビィにまたがる再開発地区。この地域はかつては中小工業地帯でしたが、工場が海外に移転し、産業の空洞化が進んだため、この地域をエコ選手村にする案で2004年のオリンピック開催地に立候補しました。結果はアテネに負けましたが、エコ住宅地として再開発され、現在は15,000人が生活する総合的な職住接近の住宅地になり、2016年までに20,000人用の住宅を供給することになっています。6つのゼネコンが建設を担当したため、デザインに統一性が感じられます。

エコ団地としての特徴は、

  1. 料理用ガスにバイオガスを利用している
  2. 生活廃水からコージェネレーションで温水と電気を作る
  3. ゴミはいつでも捨てることができ、地下のパイプラインに落として、そのパイプをごみ収集車がバキュームで吸い込み、リサイクルセンターへ運んで、焼却や解体リユースし、その焼却の廃熱をさらに温水や、電気に変えるコージェネ・システムができている
  4. 年間12,000km以上走らない人は自家用車を持てず、共同車両をカーシェアリングする

など。

市電の停留所 Sickla Kaj の前に地域の情報センターであるグラスヒューセットがあり、この地域の環境に関する問題や環境保全策の数々を展示し、資料を配布しています。

この国には、公的な住宅地を建設する場合は、その10%を福祉関係の建物にするという決まりがあり、最新の住宅街であっても、保育園、知的障害者グループホーム、ナーシングホーム、シニアハウスなどが続々と建てられています。

運河の角から小さい無料のフェリーが対岸のセーデルマルム島へ出ています。当初はここに橋をかける計画でしたが、住民たちの反対があり、フェリーを運航することになりました。

☆LRT(Light Rail Transit)

地下鉄路線網を補う新しい都市交通として、1990年代から建設されてきた市街電車があります。市の北側のAlvikからハンマルビィショースタッドまで17駅に停まります。LRTとは大型車両を使う本格的鉄道Heavy Railに対して、都市計画に合わせて建設される、規模の小さい鉄道のことです。車道と併用した路面電車として走行できるため、低床式の新型路面電車が注目され、新交通システムとして欧州で盛んに建設されています。日本では広島市と富山市が導入しています。

地下鉄のグルマルスプラン駅から、この市電で2つ目か3つ目の停留所がハンマルビィショースタッドの中です。反対にグルマルスプラン駅からアルヴィック方向へ行くと、こちらも新興の住宅や工場の建設が進んでいます。ただ、車も入れる軌道はほんのわずかしかありません。切符は地下鉄・バスと共通で、1時間以内なら乗り換えも自由です。車内検札はしっかりしています。

☆ビヨルクハーゲンのエコ住宅 [Ekoby]

地下鉄17号線で中央駅から8駅目のBjorkhagen駅から徒歩で10分ほどにあるエコ住宅群。エコロジカルな家に住みたいという人たちが住宅生協HSBの協力を得て建てたもの。1990年から参加者を募集し、96年に完成しました。建物の基本プランはかつてこの地域に立っていた家のデザインに似せてHSBが設計したので、概観は統一性があります。屋内は入居者の好みにデザインされているので、それぞれ個性的という44戸です。内装は自分で工事したという家も多いようです。

木が生い茂る小高い丘に2階建て以下の木造集合住宅が並びます。もともとあった樹木や起伏をそのまま生かして家を配置してあり、まるでスウェーデンの森の中に住んでいるかのようです。各家の前には生ごみを堆肥にするコンポストが置かれ、エコビレッジらしさを印象づけています。庭には、水生植物やプランクトン、小さな魚、昆虫などがつながる生態系を保つビオトープもあります。砂利道を下りていくと、丘のふもとに駐車場が広がります。

エコ住宅に住みたいという意志がある人たちが、住んでいます。住人たちがお金を出して作る共同組合方式で、そこから居住権を買います。居住権は20万Skrで、約200万から360万円。他に管理費的な家賃が月に5000Skr必要です。

☆市営の森の教会墓地 [Skogskyrkogarden]

ここはスウェーデンが誇る建築家エリック・グンナール・アスプルンド(ストッ クホルム市立図書館参照)と友人のシーグルド・レヴェンツ(1885-1975年、エリクソン邸など)が、1914年に実施された市営南墓地の国際設計コンペに応募し、1等に選ばれました。工事は1918年からはじまり、40年に完成するまで、アスプルンドはずっと建設に関わっていました。完成の年に亡くなっているので、彼の最後の作品になりました。1994年に人工の建造物としては世界初の世界遺産に登録されました。

中央駅から地下鉄で南へ9駅目、墓地と同じ名前の駅で下車し、東へ100mほどを右折します。すぐに巨大な十字架が迎えてくれます。この十字架を、「世界で最も美しい十字架」と呼ぶのは著者だけではないでしょう。十字架とその周囲の荘厳とした世界の美しさが、この墓地の意味、生と死の意味を語っています。

正門から入り、右手の散骨が行われる丘を見て、隣の墓参の丘に登り、周囲を見下ろします。ほとんどすべての墓標が同じ大きさであることに気づいてください。スウェーデンでは、生きているときだけでなく、死後も平等なのです。死後も墓石の大きさを競うアメリカの墓地とは大違いです。

向こう側に下りて、東側の火葬場と礼拝堂、さらに南へ下った左手を入ったところにある森の礼拝堂Skogskapelletなどを見ていきます。森の礼拝堂から南へ下っていくと正面に、かつてハリウッドの銀幕を風靡した美人女優のグレタ・ガルボの墓があります。この墓地で、他より大きい墓標は彼女のものだけです。

☆ヤーラショー団地 [Jarlasjo]

ストックホルムの東隣にあるナッカ自治体にある団地。スルッセンから郊外電車のSaltsjobanenで東へ6駅目のLillangens駅で下車し、南へ下ったヤルラショー入り江沿いの住宅街。工場の跡地の再開発で、工場の建物をうまく保存しながら、海沿いに新しい住宅群を散らしています。海に張り出した海上住宅もあります。90年代以降、ナッカには多くの団地が建設されていますが、ここはその中でも最も新しいもので、今世紀に建設されたものです。

☆ナッカ・ストランド [Nacka Strand]

ヤーラショー団地の北側の丘から反対側のバルト海へ向かって広がる集合住宅群。自動車の部品工場があった地域で、工場の建物群を保存しながら、丘の斜面に集合住宅が並び、海に沿ってはレストランやホテル、ブティック、ショッピングセンターがあり、企業の事務所も少なくありません。経済が好調だった1980年代に、職住一致の町をテーマに開発されましたが、不況になって規模が縮小されました。海と森などの自然環境が素晴らしく、美しいデザインの住宅がならんでいて人気が高く、30歳代から40歳代のストックホルム人が多く住んでいます。1988-1994年の建築です。

☆グスターブスベリィ [Gustavsberg]

かつてスウェーデンの家庭の食器やトイレ、バスタブなどのほとんどを製造していた陶器会社が作った町です。1825年に創業した会社で、事業が発展するとともに従業員住宅の建設を進め、1937年に生活協同組合KFに転売後はさらに住宅の建設が進みました。しかし、海外の安い製品との競争に敗れ、1987年にKFはグスターブスベリィをフィンランドの企業に売却し、その後は工場の閉鎖などを経て、いまにいたります。かつての工場は博物館やレストラン、ホテル、住宅などに変わりました。一部では生産が続けられていますが、グスターブスベリィの名前の製品はないようです。

かつてオーナーが住んでいた館は、長い間使用されずに荒れ果てていましたが、昔の建物の文化的価値を評価する流れの中で1996年までに介護付きの老人ホームへと改築されました。館の前には平屋の老人住宅が並び、かつて工場で働いていた人たちが入居しています。年金生活者になっても同じ町で、同じ人たちと一緒に暮らせる町づくりを目指したヴァルムド自治体の哲学はすばらしいものです。

この町については、建築家の小川信子さんと陶芸家の藤井恵美さんが一緒に調べて書いた「スウェーデン 陶器の町の歩みーグスターブスベリィの保存と再生」(ドメス出版)に詳しい説明があります。

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マルメ

デンマークの首都コペンハーゲンの対岸にある人口27万の港町マルメは、1990年代の終わりまでは工業が衰退した田舎町だった。しかし、この町は長い時間をかけて再興プログラムを作成し、新しい世紀の初めから見事に生まれ変わった。まさに町の建て直しとはこういうものだという成功例のひとつと思える。日本で町作りに悩む地方自治体の現場の方たちにぜひ見てほしいところ。

☆マルメのヴェストラ・ハムネン

その再興のシンボルが、中央駅の西側に広がる約160haの沿岸埋立地ヴェストラ・ハムネンVastra Hamnen。「西港」の意味で、この地域には、18世紀以降、コッカムという造船所ができ、客船や海軍の潜水艦を作っていた。しかし、1960年代から日本や韓国の安い造船会社との競争に負けはじめ、1980年代にドックが閉鎖され、23万の人口のうち4万人分の仕事が失われた。その後、サーブの自動車工場が誘致されたが、サーブも不況で撤収し、その後はコッカムの高さ140mのクレーンが、マルメの象徴としてそびえるだけだった。クレーンはたまにバンジージャンプに利用されているのを見たことがある。寂しい晩年だったが、2002年に韓国に売却されて、いまも活躍しているとのこと。

サーブ撤退のあと、マルメ市は経済復興を期して目標を設定した。それは

  1. コミュニケーションを増やす
  2. 教育を充実させる
  3. 企業を誘致する

の3つだった。これらの目標を実現するための場として、ヴェスラ・ハムネンが選ばれた。重工業地域だったが、工場が移転閉鎖したので、土壌の浄化と埋立てを行った。スウェーデンはヨーテボリの造船所の跡地や、ストックホルムの工業団地跡などの土地の浄化を経験してきたので、マルメでは最新の技術を利用することができた。

91年に、コミュニケーションを増やすためにコペンハーゲンと結ぶオアスン橋の建設が決定した。93年に、主橋の長さ1,092m、東西の補助橋の長さ6,753mの建設が開始された。魚や船の通路を守るため、コペンハーゲン側には長さ4kmのトンネルを掘り、中間に人口島を作り、マルメ側が橋という鉄道・道路だ。2000年7月に橋が完成すると、デンマークより低いスウェーデンの物価と所得税に招かれるように、コペンハーゲンで働く人たちがマルメに移住しはじめた。また、北欧人の出入国審査がなくなり、国境の移動も簡単になった。マルメからの電車は、オアスン橋を渡ってデンマークに入り、コペンハーゲン空港駅、コペンハーゲン中央駅などを経由して、シェラン島最北部のヘルシンオアまで行く。コペンハーゲンからストックホルムまで行く直行電車、マルメからコペンハーゲンを経由してヨーロッパへ行く直行電車はほとんどなく、マルメかコペンハーゲンで一度乗換えるようにしているのも、基点となる町を簡単に通過させない配慮のように思える。

教育を充実させるために、1998年にマルメに大学が設立された。スウェーデン南部には、マルメから電車で15分の古都ルンドにしかなかった大学が、スウェーデンの南の玄関にできたことは大きな変化になった。スウェーデンにはいまは11の総合大学と約20の単科大学があるが、暖かい南を好む若者が多いので、南部のマルメ大学は人気の大学になった。いまは学生・教員・事務を合わせて2万人の大学関係者がいる。

大学が力を入れているのが教員養成コースと情報コースだ。これらの人材を獲得するために、建設コンサルティングのTyrens、スウェーデン三大電力会社の一つのSydkraft、通信会社Telia、携帯電話製造会社Flextronics、潜水艦製造会社の Kockums Submarineなどが進出してきた。

2001年にこの地区でヨーロッパで最大の住宅博覧会Bo01が開催され、西側の25haにエコ実験住宅41棟が建設された。個性豊かな街並みを作るため、26の建築会社に自由な設計を依頼した。博覧会の閉会後、住宅はそのまま販売され、さらに周囲に増築され、Bo01住宅地は現在1300世帯にまで増加した。ここでは時代の流れである環境負荷の少ない、環境と人間に優しいエコ住宅地をつくろうとしている。雨水は水草などで浄化し、汚れを沈殿させながら、海へ流していく。水路、池、花壇、野菜畑、海鳥用のビオトープなどの自然とのふれあいに必要な設備も設けられている。ごみは、燃やせるもの、再生可能なもの、肥料にできるもの、バイオエネルギーとして利用できるものに分けられて収集されている。バキュームによる搬送システムや、焼却からの廃熱の利用、バイオガス生成など、北欧が生んだアイディアを存分に生かしている。建築材料も、公害を生まずに生産されたもの、再利用できるものが使用されている。

交通では自家用車の利用抑制を掲げて、駐車場をまとめるように配置している。その駐車場の数が少なく、自家用車の所有や自動車の利用を抑制する意図がある。自動車利用が少ない家庭には、カーシェアリングの利用が勧められている。

エネルギーでは太陽光、水、風力を主体的に利用している。ソーラーでの温水作りだけでなく、地下70mにある水槽からヒートポンプで水を汲み上げて熱交換で温水を作り、地域に供給している。風力発電機は高さ120m、電気出力2MWの最大級のものがあり、年間で6300MWhの電力を供給している。また、各家庭内に設置されたボードでエネルギー消費量や換気の情報がわかるようになっていて、1時間の利用量に限度が設けられている。Bo01の住宅では、2008~2012年の間にCo2排出量を1990年比で25%削減することを目標としているとの説明だった。

住宅街は海に近い側にあり、夏は家を出るとすぐに日光浴が楽しめるようになっている。でも、家を出るとすぐに刺激的なビーチウェアの女の子たちがうろうろしているので、仕事に行きたくなくなってしまうだろう。高齢者施設も1か所あるが、いまのところは視察はお断りと言われた。全体にデザイン重視の住宅が多く、障害者への対応がよくないと批判を受け、市は対応を考慮中のようだ。

古い建物がほとんど残っていないマルメだが、ヘニング・ラーセン設計の市営図書館とヴェストラ・ハムネンの斬新なデザインの建物群、コペンハーゲンからも見える高さ193mのターニング・トルソができて大きく変わった。駅の近くに残る15世紀の市長の私邸コクスカ・クローゲンやマルメ城の古い建物が新しい建物の間に浮かび上がって見え、魅力が出てきた。職場が増えて人口が増え、さらに町に活気が出て、住み心地がよくなり、観光客も増えたとなると、マルメ市の再興は大成功のようだ。

☆マルメ市の新しいシンボル「ターニング・トルソ」

スウェーデンの南西端にある第3の都会マルメの港には、2002年までコッカム造船所の高さ140mのクレーンがそびえていた。かつてのスウェーデンは造船業が盛んで、自国で生産できた鉄を利用して、大型の客船や輸送船を数多く造っていた。コッカム造船所のクレーンは、工業国スウェーデンのシンボルであり、工業都市マルメのシンボルでもあった。しかし、1970年代からスウェーデンの造船業は、社会保障費負担や人件費が安い日本や韓国や中国の造船会社に価格で負けるようになった。コッカム造船所はスウェーデン海軍の潜水艦を造る以外に仕事がなくなり、クレーンは韓国の造船所に売られた。オアスン海峡を挟んで、遠く隣国デンマークの首都コペンハーゲンからも眺めることができたマルメのシンボルは消えてしまった。

前世紀末にデンマークとスウェーデンの景気浮揚策の一つとして、コペンハーゲンとマルメの間のオアスン海峡に橋をかけることが決まり、設計のコンペを実施した。参加者の一人だったスペインの建築家・彫刻家サンチャゴ・カラトラヴァSantiago Calatravaは、自分の過去の実績の一つとしてひねった彫刻の写真を添付しておいた。彼の橋の設計は採用されなかったが、新しいシンボルを求めていたマルメ市は、彼に彫刻作品のようなひねった建物を設計してほしいと依頼した。カラトラヴァは1951年生まれで、TGVのリヨン駅、バルセローナのアラメダ橋、リスボンのオリエント駅、2004年のアテネ・オリンピックのメイン会場などを設計している。構造設計の知識を駆使した機能的で美しい建築のプロフェッショナルで、駅や橋を好んで作っている。マルメ市は、造船所の跡地をIT時代にふさわしい新しい大学とIT産業の地に再開発した。加えて、環境保全と無駄を排除する新しい暮らしができるエコ住宅を備えた、職住接近の地として位置づけた。そのシンボルを何にするか、ずっと考えていたのだろう。そして、この奇抜で人の目を引き、最新のエコ技術がぎっしり詰まった、それでいて知的で美しい高層建築ターニング・トルソTurning Torsoが誕生した。2005年8月に完成した。

中央駅西の再開発地区ヴェストラ・ハムネンの一郭にそびえるこの建築は、はじめて見る人には驚きの建築だ。北欧最高の193mの高層ビルが、地上から最上階まで90度の角度でひねってある。54階建てで、1階から10階までは賃貸オフィス、それより上階は45-190m2の147世帯分の賃貸住宅、53階と54階が会議室になっている。5階建てのブロックが9層積み上げられた外装で、何度か見ていると「美しい」と思えるようになってきた。現代建築最高の美の作り手による建物は、スウェーデン人のセンスの高さをも表現している。

室内に入ることができなかったので実際はわからないが、家具の置き場などがぴったりしない部分がでてくるのではないかと思えてならない。あるいは、ねじれているのは外側だけで、内側の5階建てのブロックはそれぞれまっすぐなのかもしれない。海岸のすぐ近くに建つので、上の階からの眺めはすごい (ホームページHSB Turning Torsoで展望や設計がわかる)。その反面、風が強いので、壁面や窓部分のいたみははげしいようにも思える。たぶん多少のマイナス面はあるだろうが、マルメのシンボルとしては余りあるはずだ。コッカム造船所のクレーンがシンボルだった時代は約50年しかなかった。時代が移れば、ターニング・トルソとは別のシンボルが必要になることだろう。

☆マルメの市立図書館

マルメの小さな旧市街の外側の緑地地帯に、1901年にJohn Smedbergが博物館として設計した建物が、長い間市立図書館として利用されてきた。赤レンガに青い銅貼りの尖塔がある建築は、デンマークの教会に似てクラシックな魅力があった。私はかつて市立図書館の斜め北側のアパートに住んだことがあるので、この建物への思い入れはかなりあり、建替え計画があると聞き残念に思った。マルメには古い建物はほとんど残っていない。新らしがり屋がマルメ人の性格なのだ。

90年代の初めに建替え計画が生まれ、指名コンペでヘニング・ラーセンの設計案が1等になった。古い建物を見直す流れからか、あるいはデンマーク人の建築家の影響かはわからないが、建替え計画そのものが変更になり、古い建物を残し、西側に新しい建物を造り、その間を円形の大きな建物をつなぐという形で1998年8月に完成した。東側の旧館Slottet(城)と、西側の新館Ljusets kalender(光の暦)の雰囲気は天と地ほど違う。ガラス張りの新館は外観も、内側も非常に美しくできている。つなぎの円形の建物は入口と受付、カフェ、芸術、文学部門になっている。その左右はガラス張りの廊下。円形の建物は、西側に残るマルメ城の円形の武器庫を象徴しているのかもしれない。

新館に入ると、高さ18mの中央部の吹き抜けから光がさんさんと注がれている。ガラスを通して庭の緑も感じられ、ここで本を読むのが心から楽しいと思えるし、人々もそんな気持で本選びをしたり、ぱらぱらと本をめくったりしている。けっこう大きな建物なのに、利用している人の姿が目立つ。建物がいいと、人も誘われるのだろう。本を読むのに座る椅子もおしゃれで、配置も単純ではない。座りたくなる。旧館には児童図書や芸術専門書、視覚障害者のための話す本、マルメとスウェーデン南部のスコーネ地方の本が置かれている。中央の吹き抜けは、改築の前は中庭だったところ。ガラス屋根から存分に光が入ってくる。すてきなソファ、椅子、机があり、こちらでも本が読みたくなる。小さい子供たちも絵本を探ったり、読み聞かせを受けたりで、落ち着きがあるいい図書館だ。ヘニング・ラーセンの設計で1999年に改築された。

図書館の機能としては、南スウェーデンの全地域に図書を配布できるようになっていて、移民向けの図書やDVD、視覚障害者向けの録音本なども充実している。蔵書は約50万冊、CDは2万枚、日刊紙160紙で、1日の貸出量は4500冊。スウェーデンの図書館機能は世界最先端だが、本を個人で買う習慣があまりないので、それだけ市民の期待は大きく、居心地のいい図書館にする必要があるだろう。北欧の建築家も、図書館の設計には全力を投入して、いいアイディアを出している。アスプルンド設計のストックホルム市立図書館の美しさは格別だが、コペンハーゲンにできた国立図書館の新館も1階と2階を結ぶエスカレーターが美しく、しかも意表を突くデザインだ。どの図書館も自分の建築に誇りがあり、図書の利用でなくて建築の見学の人にも、資料を提供したり、建築書購入のコーナーを設けたりしている。

ちなみに完成までに紆余曲折があったとのことで、ヘニング・ラーセン氏は完成式典には出席しなかったそうだ。たぶん、そのあとでこっそりと見にきているはずだ。これだけ魅力的で評価が高いと聞けば、設計者が見たくならないはずがない。

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