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北欧の福祉

北欧の高齢者

北欧の高齢者

北欧は、ヨーロッパの北の端に位置している国々。南からデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、さらに西の北海海上にアイスランドがある。
ここでは主にスカンジナビア半島の国々、中でもスウェーデンの高齢者たちについて考えてみたい。

高齢者とは

65歳以上の人たち。この年齢になると、北欧の人々は引退して、年金生活に入る。地方自治体は、65歳になる前に、該当する人々に年金生活に入るガイドブックを配布し、何かあったら自治体がケアするから安心してほしいと説明する。

いまの高齢者が生れた頃

100年前の北欧諸国は農業国だった。国民の70%以上が農業で暮らしをたてていた。北欧の土地は、デンマークとスウェーデン南部は氷河が削り取った岩カスが多い貧しい土壌、スウェーデン中部から北とノルウェー、フィンランドは氷河に土を削られたあと、まだ土ができていない岩盤が多く貧しい。さらに農業に必要な日照時間が短いので、野菜や穀物の生育には最適ではない。

19世紀後半から20世紀のはじめにかけて、人口の約2割、約150万の人々がスウェーデンとノルウェーからアメリカとカナダへ移住したが、その大半は農民たちだった。それほど貧しくつらい暮らしだった。北欧の今の高齢者たちは、その直後に生れ、工業化が進む中で育った人たちである。

労働者たちの国々

岩盤が多かったので、地下資源は多少あった。銅や鉄、銀の採掘は中世から行われた。当時の採掘法は、薪で火を焚き、岩を崩す方法だった。崩した岩は、馬の力で鉱山の外へ運び出し、さらに砕き、水と一緒に炊いて必要な金属を抽出した。厳しい労働だった。落盤で死ぬ人も少なくなかった。落盤の恐怖はあっても、人々は鉱山をやめようとはしなかった。他に仕事がなかったからだ。

産業革命の時代に入り、採掘法は格段に進歩した。火薬が使われるようになり、水車の力を伝導して鉱石を運び上げることができるようになった。それでも労働はきつく、落盤事故も起きた。19世紀の中頃には、労働争議が発生し、最初の組合が結成された。

そして社会民主主義という思想が広まった。この思想が北欧で確立されたのは19世紀の終わり頃。社会民主主義を目指す政党ができ、次々と労働組合が結成された。世紀末には、労働組合全国組織が結成され、20世紀に入るとすぐに経営者同盟が結成された。この対立する組織は、互いの主張を譲らない、というものではなく、互いの妥協点を見出す努力を常に怠らなかった。交渉は、常に一致点を見出すことを目的として進められた。経営者と労働者では、労働者の数のほうが圧倒的に多い。労働者の意見が少しずつ認められるようになった。

1914年にスウェーデンの社会民主党は、第1党になった。これ以来、スウェーデンの第1党はずっとこの政党である。
デンマークもフィンランドも同じで、ノルウェーの労働党も思想的には大差なく、第1党であることも同じである。

第1次大戦が終わったあとの不況では、多くの労働者が職を失った。このとき、スウェーデンの社会民主党は、完全雇用を目標に公共事業に投資し、貿易を促進するため貨幣価値を下げるなどの積極策をとった。その結果、失業率は大幅に減少し、社会主義政権に対する不安感が消えた。いまの高齢者の多くがこの時代に生れた。彼らは社会民主主義政党へ絶大な信頼を寄せている。

第2次大戦後は、復興の時代だった。戦争に参加しなかったスウェーデンは、ナチスに占領されたデンマーク、ノルウェー、フィンランドの3国の復興に力を貸し、経済システムと工業化は急激に発展した。農業人口は50 %を切り、毎年少なくなった。人々は新しい仕事を求めて都会に集まるようになった。その多くが工場労働者となり、産業の発展を支えていった。

民主主義国家、福祉国家の樹立

北欧諸国は社会民主主義国家である。労働者が作った国である。労働者とは、工業化を支えた人たちである。彼ら、彼女らは、自分たちが生きたい社会を作ろうとした。そのために政党を使った。彼らが支持してきたのは社会民主主義政党である。社会民主主義政党の支持基盤はブルーカラー労働者たちであり、彼らは選挙には必ず投票に行った。
70年代のはじめには国政選挙の投票率は90%を超えていた。いまの高齢者たちが働き盛りだった頃だ。

社会民主党の政策は、労働者に計画的に職を与え、富を公平に分配し、全体の生活水準を上げ、効率的かつ民主的な経済活動を行い、少数弱者の福祉に重点を置いている。その政党がずっと第1党ということは、この政策が国民の意向に沿っているということを示している。北欧はそういう国々で成り立っている。

社会保障制度の確立

いまの社会保障制度が確立されたのは、第2次大戦の直後である。世代からいえば、いまの高齢者たちの一つ前の人々がその基礎を作った。その後、いまの高齢者たちが少しずつ修正をした。北欧の工業が頂点だった1960年代は社会保障の頂点でもあった。ベアリング、造船、鉄鋼、自動車、自転車、医薬品、電気製品、通信機器などの産業が好況を極め、労働者が足りなくなり、東欧から出稼ぎの人々を受け入れた。この時期に労働者の休暇が年に4週間に増え、公務員にも賃金交渉の権利、ストの権利が与えられた。また国民年金が増額され、健康保険が強制化、児童手当の充実、授業料無料の教育制度、老人ホームや障害者施設の建設などが推進された。そして、その財源はもっとも安定している税金が充てられた。

北欧の税率は高い。デンマークとフィンランドの所得税税率は50%であり、消費税率は22〜25%である。それでも税金を下げろという声は大きくならない。この高税率政策を国民はずっと支持してきている。その理由ははっきりしている。いくら税金が高くても、生活できるようになっている。退職して、職も蓄えもなくても、生きていける。高齢者には年金や住宅費補助が出る。それで住宅と衣服、食事、医療費、化粧代、美容費、孫へのお小遣いがまかなえる。医療費はほとんどかからない。障害者に対しても厚いケアがなされている。そういう政策を見ていると、人々はいつ障害者になっても生活できると感じ、安心できる。安心して老人になれる。だからいま一生懸命に働くことが出来る。税金が高くても、生活や心が貧しくなることはない。

70年代に入り、少子化傾向が顕著になると、男女の給与格差の撤廃、1年前後の育児休暇、父親の育児休暇、保育園と各種保育制度の充実、学童保育の充実など、女性への社会保障の充実が図られてきた。

そしていま、高齢者たちは、自分たちが支持し、発展させてきた社会保障と福祉の良さを十分に享受している。

変化に富んだ人生

北欧の人々の人生は変化に富んでいる。北欧では、自動的に給与が上がることはなく、物価にスライドするベースアップがあるだけで、それも2年に一度の労働組合と雇用者側との交渉で決まる。もしもっと収入をあげたければ、職場内外の研修で自分の能力を高め、機会をみて条件のいい地位に転職するしかない。転職しないで一生同じ職場で勤め上げる人はあまりいない。特に責任ある地位、たとえば国や自治体の行政長、校長、支店長、倉庫長、部長、病院長、施設長などは、下から上に順番に上がるということはなく、新聞などに広告をしての公募になる。審査はその人が持つ資格、経歴、人柄などを対象とする。採用されても、能力がないと判断されれば簡単に解雇される。また、めまぐるしく変化する産業構造の中で、常に倒産、リストラが起こっている。鉱業はほとんど壊滅したし、栄華を誇ったスウェーデンの大手造船会社はみな倒産してしまった。また、医療のように経費がかかる部門の改革は激しく、診療科目の減少、病院の閉鎖、縮小はずっと続き、医師、看護師、検査技師のリストラはさらに激しくなっている。

そういう社会だから、公務員には条件を満たしていれば、一時的に職場復帰できる権利が与えられている。また、転職や再起しやすいように、18歳以上を対象とした無料の職業教育システムもつくってある。いまの高齢者たちは、自分たちの体験から学んで、次の世代が困らないようなシステムを残してきた。

一方で、家族関係も変化する。結婚する人の半分以上が離婚する。正式に結婚しない同居生活者でも半分は別れていく。別れて別の人と一緒になる。他人同士が一緒になるのだから、嫌になったら別れる。別れやすいように慰謝料制度はない。

法的に拘束されない同居夫婦を認めたのもいまの高齢者たちである。

連帯の精神

北欧の人々はいくつもの団体に加入している。小さい頃は保育園や地域のスポーツや趣味などのクラブ、小学生は学童クラブや地域のスポーツや文化などのクラブ、高校生は青年クラブ、そして社会に出れば労働組合、政党、市民運動、スポーツや文化活動のクラブなどに入っている。退職すれば、年金生活者協会に入る。

こうしたスポーツや文化活動クラブの中からプロに育っていく人もいるが、大半はアマチュアとして活動を続けていく。
こうしたクラブ活動には、自治体や国、EUから補助金も出ている。

なぜこうした団体に入るのかという理由は、一人では生きていけないとわかっているからだ。冬の北欧はマイナス20度にもなる。そんな厳しい気候の中で、たった一人で生きていくことはむずかしい。それを北欧の人々は知っている。

もうひとつ、個人で意見を言っても誰も聞いてくれないが、団体の意見には多くの人が耳を傾けてくれるということも知っている。選挙が近づくと、年金生活者協会や障害者団体、女性団体、ガン患者団体などは、各政党から高齢者や女性についての政策を聞き出し、比較表を作成し、会員に配布する。各団体は、自分たちの意見を取り上げた政策を掲げた政党を推薦する。

みんなで力をあわせなければいい社会は作れない。高級官僚だけではいい社会は作れない。政治家だけではいい社会は作れない。みんなが協力しあわねばならない。また高級官僚だけがいい思いをする、政治家だけがいい思いをする、会社の経営者だけがいい思いをする、そんな社会がみんなにとっていいはずがない。みんながいい思いをする社会でなければならない。そのためにはみんなで協力しあわねばならない。その哲学ははっきりしている。連帯の思想である。高齢者に対しての手厚い福祉を支持するのは、これまでの努力をご苦労様という思いがある。障害者に対しては、生きるのがたいへんなのによく頑張っているという思いがある。高齢者や障害者に対しても、若者や働き盛りの人々が連帯の気持ちをもっている。社会生活の中に連帯の気持ちがある。一人ではできない。だけどみんなで協力すればできる、その気持ちがある。

高齢者が活躍する団体

こうした団体の中には高齢者が活躍するものも少なくない。

ストックホルムの中心街に路面電車の路線が1本残っている。自動車の交通の邪魔になるから、路面電車は廃止された(逆に郊外では、新しい路面電車が作られている)。だが、なぜこの1本が残されたか。路面電車愛好会という団体があり、残すことを運動したからである。交通機関の一つとして残しても採算がとれないし、車の邪魔になる。だが線路だけ残しても意味はない。電車を走らせねば面白くない。彼らはうまい妥協策を考えた。週末と夏休み中は、車の数が少なくなる。そのときだけ運行するのなら、交通の障害にはならない。ということで、NKデパートのそばからスカンセンの前まで路面電車が走っている。電車の中にはテーブルがあり、注文すればクッキーとコーヒーを出してくれる。運行しているのは市ではない。市電愛好会のメンバーたち。電車の運転手になりたいと思う男の子は多い。しかし試験に受かる人はわずかしかいない。そんな人たちが路面電車愛好会に入ると、運転ができるようになる。会員の中には、元運転手や元整備士などがいて、電車を運転したことのない人に教育を施してくれる。年金生活者になっても、元運転手や元整備士などの能力や知識を生かす場がある。社会が必要にしているのだから、年金生活者たちにはまだ張りのある生活がある。

またスウェーデンには1700の郷土史愛好会がある。人口850万だから、5000人に一つあることになる。会員数の平均は100から500人で、その中心メンバーは年金生活者たち。彼らは全国にの郷土村を作り、運営している。たとえば78歳になる元大工のアンデッシュさんは、ダーラナ地方の放置された古い溶鉱炉を中心にした郷土村をつくるために、年金生活者仲間を募って、建物や内部の修復に7年もかかりっきりである。いまは動力源だった直径3mほどの水車の復元に力を注いでいる。最新の機械とお金をかければあっという間に完成できそうだが、自分たちの手で作ることに意義を見出しているので、時間がかかっている。材料は自治体などからの補助金で買ったので、提供しているのは人件費と知識と技術だ。全員が年金生活者で、年金だけで生活ができるから、無給である。年金が有効に生かされている。自治体は、材料費だけだして、古い文化遺産の整備をしてもらっていることになる。アンデッシュさんたちとしては、自治体から期待されているという生きる張りがある。彼の姿を見ていて、北欧の社会は実にうまく機能している、その中にいる高齢者は幸せだとつくづく感じた。彼らは自分たちが望む社会をみごとに作り上げている。

自立できなくなった高齢者の介護はもちろん大切なことだ。だが、その前に、高齢者が張りをもって生きることができる社会を実現するのが、さらに大切なことではないか。社会が私を必要としている、と実感しながら生きることができる社会作りを、北欧の政治家たちは考え、実現したのだ。

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