旅行体験レポート ~旅から学んだこと~
ストックホルムの知的障害者作業所
グラサード・ゴンゲン
実施:2009年9月
障害者施設訪問視察旅行(ASKスタッフ)
ストックホルムにある軽度知的障害者作業所の「グラサード・ゴンゲン」を紹介します。
2006年5月に訪問して以来、しばらくご無沙汰していたが、その頃の「グラサード・ゴンゲン」は、2つの建物の間の2階に掛けられた渡り廊下の昼食カフェテリアだった。2階建ての障害者の作業所と、隣りにある市の事務棟の2階部分に、広めの渡り廊下をかけて、そこに20席ほどの椅子とテーブルを並べてカフェテリアにしたところ。ここで、障害者たちは指導員のもとで調理、食器洗い、レジを担当していた。セルフサービスのカフェテリアなので、給仕はいない。障害者が扱えるように改良したレジを使って、お金を管理しているということで知られた作業所だった。「グラサード・ゴンゲン」とは「ガラスの廊下」という意味で、この渡り廊下からついた名前だった。
08年5月に「グラサード・ゴンゲン」が引っ越したことがわかった。バーベキュー機器製造の企業が使っていた建物に入居したとのこと。また訪問することにした。
新しい「グラサード・ゴンゲン」は、地下鉄のテレホンプラン駅の近くにあった。道沿いには、IT関係の工場と事務所、改築中の建物が続いていた。付近には、「グラサード・ゴンゲン」の競争相手になるようなカフェテリアはない。むしろ、このあたりで働く人たちは、昼食をとる店がないので困っていたのではないだろうか。
玄関を入ると、目の前にホールが広がっている。高い天井。右手に10個ほどの椅子が並び、休めるようになっている。以前の面積に比べると十倍以上も広い。椅子の奥には何もない空間が続き、突き当たりがトイレらしい。ホールの左側には20人は入りそうな会議室が三つも並んでいる。右側は大きなガラス張りのカフェテリアで、ざっと見て60席はありそう。以前の店は料理と飲物を並べるテーブルの長さは1m超しかなく、スープのポットと主菜、デザート、それに飲物が数点しか乗せられなかった。新しい店のテーブルは5m以上もあり、料理の種類もずいぶん増えた。テーブルの向こう側では、障害者が欠品が出ないか目を光らせている。レジでは障害者が楽しそうにお客を待っている。
これがあの「グラサード・ゴンゲン」の新しい城だ。以前とは大違いだ。いまのたたずまいは、一流のカフェテリアと大差ない。左側の会議室は貸し会議室だ。スウェーデン社会では会議は自分たちの事務所ではやらない。電話や来客のない貸し会議室で徹底的に、集中的に考え、アイディアを搾る。会議にはコーヒーやチョコレートが必要になる。「グラサード・ゴンゲン」にはチョコレート製造部門があり、けっこう病み付きになる味を作っている。昼食を取れる場所が近くにあれば、理想的な会議場といっていいだろう。
この場所を選択したストックホルム市の役人たちは、どうせ税金で払うから、利益が出なくてもいい、なんて考えていない。利益が出せそうな場所を探し、出せるように環境を整えて、決して障害者の施設だからよくない、とか、雰囲気が悪いとか、汚いとか、言いがかりをつけられないように設定している。これだけの資金をかけるのだから絶対に成功させてみせる、という意気込みが感じられる。作ると決めた人たちの責任感が見える。
奥の調理場も見せてもらった。50人ほどの障害者が、お揃いの黒い制服を着て働いていた。私たちが入っていくと、はにかむような笑いを浮かべ、声をかけると、はじけるように笑う人もいた。彼等は、サラダ用の野菜を切ったり、パンケーキを焼いたり、食器や調理器を洗ったりと、自信有り気に仕事をしていた。スウェーデンで働く障害者たちの顔は、どこの職場でもとても楽しげだ。嬉々として働いている。明るく、希望に満ちている。彼等のように、障害ゆえにつらいことが多い人たちが明るく暮らしている姿を見ると、とても気持がよくなる。
日本で、障害者に関することで、以前よりもずっとよくなったという環境や制度や施設があるだろうか。この「グラサード・ゴンゲン」のように、渡り廊下カフェテリアから、十倍も広い貸し会議室兼カフェテリアに大進歩するような例はほとんど聞いていない。むしろ障害者自立支援法や介護保険法によって、日本の障害者や高齢者などの弱者に対する支援は、以前よりずっと悪くなっている。しかし、北欧では、毎年確実によくなっている。デンマークのスカネボーにある知的障害者の大規模居住施設スーロンは、05年から40億円かけて、一人用居室12平方メートルの4階建ての集合住宅から、一人用居室56平方メートルの平屋のユニットケアの美しいグループホームへと移行している。ヘルシンキの知的障害者親の会が運営するグループホームはいまは3か所に増えた。ラハティ近郊にある知的障害者の教育と文化施設のカーリシルタセンターは、2007年夏に新しいグループホームを建てた。北欧では、多くのことが以前よりよくなっている。
「グラサード・ゴンゲン」はガラスの廊下から、いまはIT機器生産企業の昼食と会議を支える知的障害者たちの作業場になっている。現代のスウェーデンにとって最も重要な情報産業で働く人々を、知的障害者たちが支えている。知的障害者たちは、国の経済を支えるシステムに立派に入っているのだ。このような社会の構図を作りだそうとしたストックホルム市の公務員たちの考えの深さには、まったく頭が下がる。知的障害者たちも嬉しいだろう。彼等を支援している人たちも嬉しいことだろう。こうして、みんなが楽しい人生を送っていけるような国に、日本もいつかしたいものだ。






